雨が降っている―――

 それはもう3日も降り続け、道はぬかるみ、衣類も荷物も、何もかもが水分を含んで嵩が増し、旅の一行の足取りを重く、はるかに厳しいものにしていた。

 だが運の良い事に、今日は小さな洞窟が数個開いている岩壁の側で1夜を過ごす事に決まったので、湿気た生木から火を起こし、暖を取りながら衣服を乾かせる事となった。

 洞窟は3つに分けられた。
 まず、ガンダルフとホビット達、5人が休む大きな洞窟。
 エルフとドワーフが休む中くらいの洞窟。
 そして、人間2人が休む小さな洞窟。

 焚火のある大きな洞窟で暖を取った後、ボロミアはパイプを嗜む他の仲間に先に休む旨を告げると、早々に自分の寝場所へと移動した。
 小さな洞窟だったが、雨は凌ぐ事が出来る。
 昨日のように大きな木の下に身を寄せ合って、風雨から小さい人達を守るように眠りにつくよりは、はるかに楽だ。
 ボロミアは腰を落ち着かせると瞳を閉じた。
 あとはアラゴルンがここに来るより先に、眠りに落ちてしまえばいい。
 そう思っても、湿った服が体に張り付いて気持ちが悪く、濡れた体は、少しばかり焚き火にあたった位では表面しか暖まっておらず、芯から冷えてしまっていて寝付けそうにもなかった。

 ボロミアは膝を抱え込むようにすると、額を膝につけ、盛大な溜息をついた。

 この雨が降りだす以前から、ボロミアはアラゴルンの事を避けるようになっていた。
 それは、多分傍目から見てもあからさまな程に。

 ふと、パイプ草の匂いがして、ボロミアが顔をあげると、吸いかけのパイプを片手にしたアラゴルンが洞窟の入り口に立っていた。

「入っても、いいかな?」
 ボロミアが避けている事など全く気にしない素振りで、アラゴルンはそう言うと、にやりとした微笑を口元に浮かべた。
 ボロミアが無言で頷くのを見ると、アラゴルンは洞窟の中に入り、座った。
洞窟は狭い。アラゴルンの腕がボロミアの腕に触れるか触れないか…その距離がなんとなく嫌で、ボロミアは洞窟の壁に擦り寄る様に僅かに移動し、アラゴルンをあからさまに拒絶する。
 アラゴルンの吸っているパイプ草の香りが小さな洞窟に充満していく。

「私はパイプ草の香りが苦手だと以前申したと思いますが。」
 ボロミアが無言の時間に耐え切れなくなり、言葉を発する。
「あぁ、すまない。だが、向こうにいるとピピン達が煩くてね。…貴方の様子を見て来いと…」
 そう言うとパイプをぷかりとふかす。

 きっとピピンに私の最近の態度がおかしい理由をしつこく訊ねられたのでしょう。アラゴルンには身に覚えが無い筈だから、返事に窮して逃げて来たのだと安易に想像がついた。
 そのままボロミアは眠ろうと再び努力をしたが、隣に居るアラゴルンはパイプをふかし続け、音で、香りで、そして触れる腕から伝わる熱で、その存在をボロミアに強く意識させる。

「今日は寝不番なしとの事ですし、貴方も早く休まれたらいかがですか?私は周辺を見回りに行って参ります。」
 ついに居たたまれなくなったボロミアはそう言うと、洞窟の外へ向かった。
 雨は依然と降り続けている。
 気温も低く、本当は外になど行きたくないが、洞窟の中でアラゴルンと2人でいる事の方がボロミアには辛かった。

「ボロミア、待て。」
 雨音にかき消されそうな小さな声が後ろから聞こえた。
「私も行こう。」
 振り向くと、アラゴルンがばしゃばしゃと水を跳ね上げながら、ボロミアに近づいてくる。
 ボロミアはそんなアラゴルンに背を向けると、そのまま逃げるように森に入っていく。
「ボロミア!」
 肩を掴まれ、ボロミアの苛立ちは頂点に達した。
「私にだって一人になりたい時もあるのです!放っておいてください!!」
 掴まれた手を払うと、水滴が散った。
 雨足は少し弱まったようだった。
 滴が森の木々にあたり落ちて行く音、木を揺らす風の音、そして雨の音…
 だが総じて全ては音が小さく、苛立った自分の声が他の仲間のいる洞窟にまで届いていないか慌てて振り向くが、誰かが出てくる様子はなかった。

「…何をそんなに苛立っているのだ?この長雨のせいか?それとも、私が何かしたのか?」
 アラゴルンはそう言うと、ボロミアの濡れた髪をそっとかき上げた。
 その指先はいつもと同じように優しく、いつもと同じように暖かな熱をボロミアに伝える。
「こんなに冷えきって…洞窟に戻ってもう一度火にあたらねば、風邪をひくぞ。」

 普段と変わらぬアラゴルンの態度にボロミアはまた苛立ちを覚える。
 突然冷たい態度を取る自分のことを、いっそ怒ればいい。罵ってもいい。
 どうして何事もなかったように、笑いかけてくるのか…
 冷えきったボロミアの指を暖めるように胸に抱き、両手で擦るアラゴルンの姿に、そして、自分を伺う優しい瞳に、ボロミアは泣きたくなった。
 違う。
 天候のせいでもなんでもない。
 ただ、小さな事がボロミアの胸に引っかかっているだけなのだ。

 自分の瞳に、雨とは違う滴が沸き起こるのをボロミアは感じた。
 そのまま頬を伝う熱い滴は雨に紛れ、アラゴルンに気付かれなければ良いのに。
 しかし、アラゴルンの腕に強く抱き締められ、ボロミアはその願いも適わなかった事を知る。

「何があったのかはわからないが…私がついている…」
 ボロミアの背中を撫でながら、アラゴルンがそう囁いた。
 ―――嘘だ。
 貴方は…

 数日前、まだ雨が降り出す前の事。
 2人は身体を何度も繋げて、熱を放出させて…目眩がする程の快感を味わった後…珍しく早くに目が覚めたボロミアは、アラゴルンの寝顔を見つめていた。
 起きている時よりも柔らかさの増す寝顔も綺麗だと思いながら。
 ボロミアが離れた事により、寒くなったのだろう。ボロミアの居た辺りに手を伸ばし、ボロミアの身体を探しながら、アラゴルンは無意識でその名を口にした。



『アルウェン…』



 冷水を浴びせられたような思いをしたのは、言うまでも無い。
 ボロミアは今自分を抱き締めている腕も信じてはいけないのだと自分に言い聞かせようとする。
 最初から、彼には姫がいるのだと知っていた。
 それを知っていての関係だった。
 それでも旅の間、姫の代用品にされるのは凄く辛い。
 だから少し間を置こうとアラゴルンを避けた。
 避けている間に、彼を忘れられたらと思った。
 でも、避けきれなかった。
 身体だけの関係のつもりが、いつの間にか恋愛感情を抱いてしまったのは自分。
 避けていても、避けていなくても、常にアラゴルンの姿を探し、アラゴルンに全意識を集中してしまっている自分が嫌で、それでいらついてしまう自分が情けなくて…

 そして、アラゴルンの腕に抱かれ、彼のぬくもりを感じているだけで、安堵している自分がいる事にも気づいていた。



「貴方は、私を好きなのですか?」
 ボロミアはアラゴルンの胸にもたれかかると、小さな声でそう聞いた。
「…勿論だ。いつも愛しているとあれだけ言っているのに、まだ信じてはくれていなかったのか?」
 アラゴルンはそう言うと、真摯な瞳でボロミアを覗き込むと、ボロミアを抱き締める腕に力をこめた。
 強く抱き締められながら、ボロミアは小さく溜息をつく。
 真剣な眼差しを見せるアラゴルンの、愛するという気持ちは、きっと私と違って複数あるのだろう。
 私は不器用だから、アラゴルンを愛してしまった今、その気持ちを理解する事はきっと出来ない。1人を愛する事しか出来ない。
 もし、この告白さえも嘘だったとしても、今は…今この旅の間だけは、私を必要としてくれているならば、それでも良いかもしれない。その間はこの腕は私の物なのだから。

 近づいてくるくちびるをよける事なく、ボロミアは受け入れた。
 雨はいつの間にか止んでいる。

 明日は晴れそうだ。



◇ end ◇



望月ゆきみ様のサイト「Heaven on earth」様にて14000を踏んだ時に
リクエストさせていただいたものですv  お題は『雨の中見回りに出る2人。』
ラブラブvな筈なのに、微妙に気持ちがすれ違ってしまう二人……というか、
一途で切ない想いを抱いているボロミアと幾つも愛を持っているアラゴルン。
 酷いわ馳夫さん!!(笑)
タイプは違っても不器用な二人ですよね。本気の相手には余裕がなくなる
所はよく似てるのに…だからすれ違うのかな。でもそんな所もまた愛しいですv
雨の夜の静けさが良く似合う、切なくも愛情深い話をありがとうございましたvvv




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