生きがい

 

生きがい。

生きる意味。
生きる理由。
生きていく甲斐。

生きている事に、よろこびを見出す。

「何の為に生きているのか」
誰しも一度は自問自答する時があると思います。

意味がないと、生きられない?

そんなことはないのに。
意味なんてなくても、生きるのに。
どうしたって、心臓は動き続けるのに。
確かなリズムで鳴り続ける心臓が止まる、その瞬間まで。

生きがい。

ヤフーで「生きがい」と入力して検索してみてください。
ほとんど、老後を快適にエンジョイする施設や、サークルが引っかかってきます。
これはいったいどういう事なのか。老いれば老いるほど、生きる意味が見出せなくなってくるのか。

時間の流れの中で、逃れられない「別れ」。
必ず訪れる永訣を、これでもかというほどに重ねていく、生。
繰り返される無慈悲な出来事に、人はどう立ち向かって、どう受け入れるのか。

いつか必ず失われてゆく、大切なもの。
両手に抱き締めていていても、どんなに失えないと願っても、必ず腕からこぼれ落ちていくもの。

生死の繰り返しもそのひとつだけれども。
変わりゆく人のこころと、変わりゆく時間と、変わりゆくなにもかも。

すべてが変わってゆくものの中に、時代に、場所に生きるひとびとがいる。
流されたくなくて、必死にしがみつく、大小さまざまな板きれがある。
しがみつかないと、意味もなく流される…生きるだけになってしまう。

だから。
溺れまいと、手を伸ばしてしがみつく。
カタチなんて、どうだっていい。

ボロボロの板こそが。
辛うじて命を救ってくれるものこそが。
何よりの生きる意味…生きがいだと、思います。

つっても、正直分かんないです。
自分の「生きがい」は何なのか、まだ分かんない。

もう、出逢っているのかもしれない。
気付かないフリをしているのかもしれない。

もちろん、GLAYがなくては、まだひとりで立てない部分がある。認める。
大事に育ててくれた家族がいて、今のわたしがいる。
愛する人…愛すべき人達すべてが「生きる意味」だと思ってる。

…。

ほんとは。
分かってるんだ。
分かり過ぎるほど、分かってる。

もう、出逢っている。
きっと気付かないフリをしている。

気付かないフリをして、あるはずもないものを探しているつもりになっている。
手に入れているけど、失うときがこわいから、「その時」のための代用品を探してるような感じ。

そうしている事が美しいと思ってる。
何も分かってはいなかった。カタチだけに囚われてた。
中身のスカスカな「生きる意味」は、自分も、誰も、必要としない。

でもね、スカスカなんだけど、必死だったんだよ。
ものすごく必死だった。つぎ込んでも、すぐに底の穴から抜けていっても。

生きがい。

『HEAVY GAUGE』に収録される曲リストの中にこの言葉を見つけた時、ひどく驚いたものです。

「すげぇ!どんな曲だろう!?」

タイトルだけで、期待はどんどん膨らんでいった。
「生きがい」っていうくらいだから、タクロウさんの気持ちが詰め込まれてる曲なんだろうな。
タクロウさんにとっての「生きがい」って何なんだろうな。

てっきり、今までのように、優しい愛の歌だと思い込んでた。
優しくて、力強くて、前向きな…GLAYらしい、そんな意味での「生きがい」だと思ってた。でも。

幕張が終わり、完全なエアポケット中。
私達は、あの幕張ライブ後の幸福感いっぱいの余韻を、いつまでも噛み締めていた日々でした。
GLAYが誇らしくて誇らしくて仕方が無かった夏。ほんとうに幸せだった。それしかなかった。

けれど。
メンバー達は、浮かれるだなんてとんでもない状態だったとは。
タクロウさんの想像を絶するほどの絶望を、これっぽっちも感じ取れてなかった。

『ひとひらの自由』でも触れましたが。

 

「もう、やめてもいいかな。もう、死んでもいいかな」

 

「死ぬ」だなんて、軽々しく口にしては絶対にいけない。
けれど、そう思う時だってある。誰にともなく、許されたい時があるかもしれない。
一時の自分への慰めにしか過ぎなくても。

虚無。
底なしの、孤独。

埋めたい。
埋めるには、どうすればいい?

ああ、夢だ。
夢が欲しい。
夢を見ていられれば、この孤独は少しは埋められる。

夢。

すべて叶えてしまった。
どんな願いなら、叶えられない?

どんな夢なら、いつまでも追い続ける事ができるんだ。

夢を失った後、一体何処へ行けばいい。
夢は、叶えられないからこそ夢として存在する。追い続けていられる。

何も無い。
何処にも行けない。

何もかもなくなったのに、どうして生きているんだろう。

『ここではない、どこかへ』。
作られたのは幕張の前だけど、あの幕張のライブを象徴するような曲だなと思います。

「GLAYの夢」。
大儀名文としても成り立ってきた、史上最大のライブへの憧れ。

 

「子供の頃からの夢なんだ、付き合ってくれないか?」

 

FC会報での、ファンへの言葉。
付き合って欲しい。見ていて欲しい。カッコつけるんじゃなく、当たり前のようなさりげなさで。

1999年7月31日以後。
「夢」を超えて、それでも生きている。
「俺達が何を成したのか、見届けて欲しい」と、伝えた人達に対して。

 

「これで終わりじゃだめですかね?って返事を書きたかった」

 

最後の手紙のような。
「終わる」事への免罪符のような。

全てを叶えてしまったタクロウさんが陥ってしまったのは、底の見えない深い虚無だったのか。

秋。
『HEAVY GAUGE』、レコーディング再開。
なけなしの気力を振り絞って、RECを始めてまもなく。

てるさんの大反乱(苦)。

テルファンの苦悩。
テルファンの衝撃。
テルファンの試練。
テルファンの落涙。
テルファンの悲嘆。
テルファンの無限大。
テルファンの以下略。

GLAY公式サイトのテルさんメッセージ99年8月〜9月をば。

最大級の台風が通り抜けてゆきました。
荒み、荒み合い、スンスンスン。
お互い傷つけ合った、懐かしきあの日々。

今振り返れば、分かるわけです。
タクロウさんが生ける屍のような状態で(…)、GLAYとしての「次」が見えない。
そんなイライラした状況の中、イライラする状況が重なり。
「おまえらには分かってもらわなくても構わない!」とばかりに、刃を向けられてしまった。

痛恨の一撃でした。
「同情なんてされたくない」と言い切るてるさんは、何だかとても辛そうだった。
体当たりで向かい合って、体当たりで突き破ろうとする。

何が「強さ」で。
何が「弱さ」なのか。

キツイ衆人環境に晒されたような生活に、この人は耐えられなかったのかもしれない。
とっくに限界が来ていた。ずっと前からそれはほころび始めていて、もうボロボロだったのかも。

 

「音楽が楽しめない…」

 

この後、『夢の絆』にも『Cast』にもある、「脱退」の言葉がテルさんからメンバーへ伝えられる。

テルさんはテルさんであって、決してタクロウさんではない。
いや、当たり前なんだけど、テルさんはテルさんなんですよ(当たり前)。

そのすぐ後に出た、テルさんソロの『B-PASS』。
本音がズラリ。本音なのか?わざと突き放そうとしてるんじゃないか?

 

「"TERU"って、優しくて熱くて前向きで…ってイメージなんだろうけど、ほんとは俺だってこうなんだ」

 

GLAYがブレイクして。
「GLAY=いい人達」というイメージが世間に付いた。
実際いい人達なんだけど、どこか窮屈そうな。そんな雰囲気にも気付いてた。

「分かって欲しい」って気持ちだよね。
曝け出してくれた。"本当の自分"ってものを出してくれた。
すごく嬉しかったな。ほんの少し、近づけたような気がした、あの頃でした。
まぁ、結局は「自分」って範囲だけの自己満足なんだけどな。

近づくってことは、「痛みを知ること」だと教えてくれた。
「痛みを分かち合う」まではいかなくても、「知る」ことが出来た。

でも、もしかしたらあれが「最後の手紙」になってしまったかもと思うと、呼吸が止まります。

9月中旬。
タクロウさんのラジオ。
始まってすぐ、流れた新曲が、『生きがい』。

 

「四の五の言わずとも、まず聴いてください」